コラム

札幌動物行動クリニック S.A.B.C Blog コラムの続きはこちら

恐怖症のお話

今回から、恐怖症のおはなしです。
人でも、恐怖症という状態はあります。良く、聞くものとして、「高所恐怖症」「先端恐怖症」などがあります。これは、犬や猫にもあてはまることがあります。犬でよくある恐怖症として、「音恐怖症(noise phobias)」があります。これはいくつかに分類されて、例えば「雷の音」「花火の音」「洗濯機の音」または、家の中で聞こえるすべての音にたいして、恐怖をかんじるようになることをさします。たんに怖がるだけなら(たとえば、音が鳴っている間だけ、不安な感じがあるが、終わればもとに戻る程度)、恐怖症とまではいかないでしょう。ですが、その音が鳴り終わってしばらく経つのに、振るえがとまらない、よだれを流す、暗いところにずっと隠れている、下痢や嘔吐を繰り返す、など。こういった症状を出しているのであれば、その音に対する恐怖症と言えるでしょう。この恐怖症になってしまうのには、一つは先天的な理由つまり、特に怖い経験をしていなくても、怖さを感じてしまう。もう一つは後天的な理由つまり、何かその音や状況に、恐怖を感じるような出来事がおこり、それが条件付けされて恐怖がフラッシュバックして、体が反応してしまう状態になるというもの。これらの恐怖は本来動物が危険に近寄らないようにもっている本能が関係しています。しかし、それが過剰になってしまったり、危険ではないのに反応してしまったりすると、生活すらできなくなってしまいます。動物にも恐怖症があることを理解していただければ幸いです。次回は、恐怖症について例をあげて説明します。

では、実際に恐怖症の犬のお話から恐怖症のメカニズム、ぞして治療法をここからお話していこうと思います。
3歳のチワワで、もともと音に対して敏感な子でした。掃除機の音や、外での人の話し声、車の通り過ぎる音、バイクのふかす音など、少し音がなるとほえて、テーブルの下に入ることがありました。しかし、その音が鳴り止めば再び元に戻り、いつもどおり生活をしている子でした。これだけでは恐怖症とは言えないと思います。もともと、動物には「危険を早く察知して、近寄らないようにする」という本能があります。このおかげで、動物は生きていけるのです。この能力は当然犬にも受け継がれているので、多かれ少なかれ音に対しては、警戒したり怖がってみたりすることはあります。しかし、仕事でその音に対して恐怖心を持ってしまうと、困る犬種がいます。狩猟犬、いわゆるガンドッグです。鉄砲の音に極端に恐怖を感じてしまうと仕事ができなくなるため、これらの犬種では鉄砲の音にあまり反応しないように繁殖がなされています。話を元に戻しましょう。そのチワワの子ですが、ある日飼い主さんが買い物から戻ってみると、全然犬がいる気配がなかったそうです。いつもなら飛んで出てくるのに、どこにも見当たりません。テーブルの下にさえも。名前を呼んでもでてきません。心配したお母さんは窓を開けてみました。でも、ここはマンションの4階、自分で出て行くはずはありません。だんだん心配になったお母さん。自分の寝室のベッドの前で座り込んでしまいました。「どこに行っちゃったの?」すると、ベッドの下にもぐりこんでいる、チワワの子の背中が見えました。しかも、とても震えています。「いったいどうしっちゃったのかしら・・」  この続きはまた次に。


前回に引き続き恐怖症のお話です。
お母さんは慌てて、ベッドの下からチワワチャンを引っ張りだすと、なだめはじめました。背中をさすったり、「怖くないよ、大丈夫」と声もかけましたが、震えは治まりません。その状態から2時間近くたってようやく少し落ち着いてきました。震えはおさまり、動くこともできるようになりました。「いったい何があったのかしら」お母さんは不思議に思っていると、上の階から子供が走り回る音が聞こえてきました。このチワワちゃんはマンションに住んでいて、以前から子供の走り回る音に少し怯えることがあったそうです。すると、再び激しい震えがおこり、ベッドの下にもぐりこんでしまいました。結局次の日までベッドの下からでてくることができなかったのです。翌日になり、心配したお母さんは動物病院に行きました。ここで、このお母さんは正しい行動をとりました。このような体の状態つまり、振るえ、動かずにじっとしている、食欲不振、下痢、嘔吐などがある場合はすぐにかかりつけの動物病院に行って、一通りの検査をしてもらうことを薦めます。それはこれらの症状が内科的なものからくる可能性もあるからです。血液検査、便検査、尿検査、レントゲンなど、必要なものは行ってください。すぐに精神的なものだと判断しないでください。幸いこのワンちゃんは検査では特に異常が見つからず、内科的な異常からこのような行動をとっていた訳ではありませんでした。そこで、この病院に来ることになったのです。カウンセリングのはじめからこのチワワちゃんはお母さんの腕の中に顔を入れて、出てこようとしませんでした。「この子は他の場所に行くと、いつもこうなんです。」と、お母さんはワンちゃんを撫でながらお話しています。「では、この子がどうしてこんな感じになってしまったのか、一緒に探っていきましょう」いよいよ、カウンセリングが始まりました。この続きは次回です。

飼い主さんといろんなお話をしたところ、様々な要因があることがわかりました。
・飼ったときから、生活の音(掃除機、洗濯機など)がすると隠れていた。
・その時に飼い主さんは抱いて、撫でながらなだめていた。それは現在も続 いて行っている。
・飼って半年くらいは、家の中だけで生活してしていた。
・外に出ると、震えて歩かなくなる。
・家にいる時は、常に飼い主さんとくっついていることが多い。
・「オスワリ」「マテ」などのコマンドは、ほとんど使用したことが無い。

僕が気になったのは、以上の点でした。でも、このようなことのどこに恐怖症を起こしてしまう要因があったのでしょうか?
まず、元から音に対して不安が強い子であったということが、言えると思います。特に恐怖刺激を与えず、小さな音でも振るえや隠れることが生後まもなくから認められていたからです。でも、これだけではなくこのような状態の時に飼い主さんがなだめていた行為が、結果的にはその不安を大きくしていたということも大きな原因だと思います。また、生後半年まで、家の中だけで生活してきたということから、外界の刺激に対しても社会性がうまくつかなかったことも音に対する不安をもたらしています。また、「オスワリ」「マテ」などのコマンドをかけていないということも、結果的に精神的な成長が促されないということになってしまいます。これらの状況だけでは、まだ恐怖症とはいえません。むしろ、音に対する不安神経症といえます。不安症のお話はべつなコラムにまとまっていますので、そちらを参考にしてみてください。
ここで、このワンちゃんを音にたいする恐怖症にさせてしまうできごとがおきてしまいました。それは、隣の家の浴室のリフォーム工事だったのです。1週間前にお隣から、工事が始まることを飼い主さんは聞いていたのですが、すっかり忘れて出かけていたということでした。もとから、音に対して不安が強く、振るえなどをおこしていたにもかかわらず、それ以上の今まで聴いたことの無いような騒音に3時間近くさらされてしまったのですから、その時の恐怖はとても大きなものだったに違いありません。恐怖症をどのように治していくかは、次回のお話。


引き続き恐怖症のお話です。

カウンセリングを行った結果、もともと音に対して恐怖を感じることがあり、それに対して、社会性を持たせるようなトレーニングを行うことができなかったこと、そして、今まで経験したことのないような大きな音に数時間さらされてしまったことが、生活の音に対する恐怖症を生み出してしまったことがわかりました。そこで、このような音に対する恐怖症をなおしていく方法を説明していきます。
特定の音だけがその犬の恐怖刺激となっている場合には、はじめから薬物を使用することはおこないません。それは、恐怖刺激を与えないようにすることが可能だからです。恐怖を克服させるためには、まず、恐怖を感じない環境で行動療法を行って、そして、恐怖刺激に対する行動療法をおこなうことが重要です。 (なれさせようと、いっぺんに刺激を与えることはかえって逆効果になることもあるので、注意してください。)ですが、この子のように生活音すべてが恐怖刺激になっているようであれば、恐怖を感じない環境を作ることが不可能なので、薬物を使用して、気持ちを落ち着かせながら、恐怖を克服させていく必要があります。今回しようする薬物は「精神を安定させるお薬」と「選択的セロトニン再吸収阻害薬である、抗うつ剤(抗不安薬)」を使用するようにしました。これは、「抗うつ剤」が効果を発揮するまでに2週間ほどかかるため、その間は、「精神を安定させるお薬」を使用するからです。この「精神を安定させるお薬」は持続性があまりないので、怖いことがやってくる時だけ使用するようにしていきます。ですが、薬物を使用する際には必ず、血液の検査を行います。行動療法には時間がかかる場合多いので、当然お薬をのむ期間も長くなることが考えられます。ですから、あらかじめ内臓一般に異常がないかどうか確かめる必要があるのです。こうして、お薬の力を借りて、怖い音を克服する行動療法を行っていきます。その基本的な考え方は「系統的脱感作(けいとうてきだつかんさ)」という方法です。これについては次回にお話します。


恐怖症のお話を続けます。
恐怖症を治していくには、「系統的脱感作(段階をふんで慣れていくこと)」という方法を用いることが多いです。このほかにも方法がありますが、これが一番安全に行うことができる方法でしょう。まず、刺激の勾配を作ります。つまり、全く反応しない刺激から始めて、少しずつ刺激を強めていき、最期には一番ダメだった刺激まで到達させる方法です。このチワワちゃんの場合、生活の中で聞こえる音が刺激になっていたので、薬物を使用し気持ちを落ち着かせてから、生活で聞こえる音(人の足音や、話し声、車やバイクの音など)を小さな音から聞かせていく方法をとりました。今回は効果音のCDを利用しました。様々な音を低いボリューム(人間には聞こえるか聞こえないかくらい)で聞かせながら、楽しいことを行います。ご飯を与えたり、遊んだり、おやつを与えたりとその音と良いことを結び付けていくのです。このとき音の出所をわからないようにすることも重要です。できれば、隣の部屋や、玄関先などから聞こえてくるように工夫した方がよいと思います。そして、震えたり、隠れたりしないようなら、一日ずつボリュームを上げていくようにします。このときもし、振るえたり隠れるといった恐怖の反応が現れたら、、すぐにその音を消して、遊びを続けてください。必ず、一度恐怖の反応を抑えてから、終わりにしてください。今回は、このCDを使った脱感作を1日に何回か行ってもらいました。そしてじゅうようなのは、「毎日おこなう」ということです。「今日は時間があるから1時間やろう。でも、明日もあさってもやらない」という感じだとうまくいかないことが多いように思います。脱感作は少しでいいからできるだけ毎日おこなってください。そうすることで、刺激に慣れていく日数も短くなります。
このチワワちゃんはどのくらい続けたのでしょうか?詳細は次回に


実際に恐怖症のトレーニングをどのくらいおこなうと、生活に支障のない程度になっていくのでしょうか。このチワワちゃんの場合でみていきましょう。

 まず、お薬を飲んでいるので、多少の音には以前ほど驚かなくなっています。この状態から、かなり低いボリュームで音を鳴らして、楽しいことをおこなうというトレーニングを1週間実施しました。このくらいの音であれば、さほど気にすることもなく生活できたので、次は1日ずつ音のボリュームを上げていきます。もし、少しでも怖いような感じがあれば、すぐに音は消しますがしばらく音の無い状態で、遊ばせてから1日のトレーニングを終了します。そして、また次の日には怖くないボリュームからはじめていきます。2週間後には、本当の音の半分くらいの音にまでなれることができました。そこからさらに2週間で、本物の音と同じくらいのボリュームで聞こえてきても震えたり、隠れたりしないようになりました。そこで、音の聞こえてくる位置を変えて(別の部屋や、玄関先など)同じようにトレーニングしていきます。そして、音の順番をランダムに変えて、同様にトレーニングしていきます。これらのトレーニングを4週間おこないました。この時点で、トレーニングを始めて6週間経過しています。この間にもカウンセリングを2週間に1回程度おこないながら、チワワちゃんの状態を観察して、プログラムを決めていきました。ここで、大切なのは、恐怖症の治療には時間がある程度必要だということと、その子のペースでおこなう事が重要だということを認識することです。ここの所を飼い主さんや周りが理解しておこなわないと、結果的には、問題の解決がかえって遅れたり、悪化したりする場合があるので注意しましょう。そして、薬物療法をおこなっている場合は、減薬の仕方も重要なポイントになります。次回はお薬の詳しい説明と減薬について、このチワワちゃんを例にして説明します。
行動治療には行動修正、環境操作、薬物療法が主体となるのですが、恐怖症の場合薬物を使う方が早く治るケースが多いようです。もちろん使用しないでも回復する場合もあるので、全てに薬物を使用するとは考えないでください。
では、今回使用した薬物についてお話したいと思います。今回は精神安定剤と抗うつ剤(選択的セロトニン再吸収阻害薬)を併用しました。精神安定剤は皆さんもご存知のとおり、気持ちをおちつかせるためのものです。これは、割と即効性があるのですが、持続性がありません。ですから、ずっと長く使用することはせず、一時的に恐怖を感じさせないようにしていくために、使用します。たとえば、「明日、近所で花火大会がある」「近所で大掛かりな工事が始まる」などどうしても避けられない恐怖刺激に対して、それを乗り越えさせるために使うと考えてください。一方、抗うつ剤の方は恐怖刺激のあと、不安が広がっていくのを持続的に抑えてくれる効果があります。しかし、即効性がないため、今回のチワワちゃんの場合、あまりにも恐怖の反応が強かったので、最初の1週間は、この2種類を併用しました。その後、抗うつ剤のみを続け、どうしても避けられない恐怖刺激に対する暴露(さらされること)の時には、精神安定剤を使用するというプログラムを作りました。そして、行動修正と環境操作を行い、或る程度音に対する不安、恐怖が薄れてきて、生活に支障が出ないようになってから、抗うつ薬を減薬していきました。最初の2週間は、通常の量の3分の2の量から始めました。これで、同じように今まで恐怖に感じていた刺激に対して、反応しないようであれば、次に通常量の2分の1の量にしていきます。ここでも同様に反応を観察して、問題がないようであれば、完全にお薬をやめていきます。この抗うつ剤は神経細胞の化学伝達物質の調節に作用するため、突然薬物の使用を中断するとそれらに影響が出る恐れがある場合が考えれられるので、このような方法をとって減薬していきます。このチワワちゃんの場合、幸い減薬をおこなっても恐怖反応を起こさなかったため、薬物を使用して、約4ヶ月でいったんカウンセリングを終了しました。
今回の例では4ヶ月で終了しましたが、もっと長くかかることもありますし、早く治っていく場合もあります。それはその犬あるいは、猫の状態にもよって様々です。また、トラウマ(心的外傷)の強さによっても変わってきます。そして、薬物を使用する前と使用している間には必ず、血液の検査をおこなうということも重要です。次回は、恐怖症のお話の最期として、トラウマについてお話します。
いよいよ恐怖症のお話も最終回です。前回少しだけ触れた「トラウマ」についてお話しようと思います。
「トラウマ(心的外傷)」は、非常に強い恐怖、あるいは、極度のストレスにさらされた場合、その時の状況(場所、音、匂い)などに対して、強い印象として残り、再び同じような場面になったり、なりそうな予感になっただけで、恐怖の体験を再現してしまう状態を指します。このトラウマにより、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」などになってしまうケースも多いです。また、トラウマの種類により、特定のものに対してのみ反応が出てしまう場合、そのものに対する恐怖症も生まれる原因となります。例えば、今回のように音に対して、極端に反応しているようなワンちゃんが、特定の恐怖刺激になるようなものすごい音(これには、状況もプラスされます。一人ぼっちで経験するなど)がトラウマとなり、そこから恐怖症が始まる訳です。しかし全ての恐怖症がトラウマから発展するわけではありません。また、トラウマが、人間が気がつかないようなことでも、動物にとっては強く残ることも考えられます。ですから、どうして怖がっているわからないようなこともあるでしょう。

 恐怖症は動物でもおこり得る精神的な疾患です。頭ごなしに怒ったり、体罰を与える前に、その動物が出しているサインに気がついてあげることも、飼い主さんには必要なことだと思います。
次回からは、強迫性障害についてお話します。