コラム

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強迫性障害のお話

今回から、ペットの強迫性障害という病気についてお話します。

 皆さんはご存知でしょうか?この「強迫性障害」という言葉について。たとえば、人間だとどのような症状が出てくるのでしょう。たとえば、「手を洗わなければいられない」「出かける前に鍵をかけたかどうか常に確認することばかりしてしまう結果、出かけられない」「車を発進させる時に、車の下に誰かいるような気がして、車を動かすことができない」など、平静な時は意味の無いことだとわかっていても、どうしてもそれ対して不安がおこると自分でもその行為をとめることができない状態を、「強迫状態」と呼び、その行動を「強迫症状」と呼びます。人間の場合この強迫症状が出る場合、必ずそこに「強迫観念」というものが存在すると言われています。動物の場合この「観念」が存在するかどうかが議論の中心となっており、この「強迫性障害」という言葉ではなく、「常同行動」などと呼ぶこともあります。では、ペットの「強迫症状」にはどのようなものがあるのでしょうか?犬の場合だと、「尻尾をぐるぐる追いかけて、ついには尻尾を攻撃してしまう」「四肢を執拗に舐めて発赤、潰瘍になるくらいになる」「何もないのに、後ろを振り返って前に進めない」「自分の毛をむしりとる」「虫など飛んでいないのに、あたかもそれを捕まえようと口をパクパクさせる」など、様々です。また、猫でも同様に「舐めて毛がはげてしまう」ということもあります。馬では「柵癖(柵をかじり続ける)」「揺癖(ずっと体を左右に揺らし続ける)」なども強迫症状だと言われています。豚の「尾かじり」もその1例と言えるでしょう。では、なぜこのような行動が現れるのでしょうか?
このような状態に動物もなることがあるのだと理解していただければ幸いです。
次回からは、例を挙げてもう少し詳しくお話しようと思います

ペットの強迫性障害には、様々な症状があることは前回にお話しました。では、具体的な例を挙げてもう少し詳しく見ていくことにしましょう。

柴犬の4歳、オスの子を例にあげていきます。この子はもともと、自分の尻尾を追いかけてくるくる回るという行動をとっていました。この行動は珍しいものではありません。柴犬やシェットランドシープドッグ、ジャックラッセルテリアなどではよく認められる行動です。これらの犬種では遺伝的におこりやすいという意見もあります。また、他の犬種でも認められます。話を元にもどしましょう。この子は尻尾を追いかけますが、自分が望んでいる状態にならない時(おやつが欲しいが与えてもらえない、他の犬に近づきたいが引き綱につながれているので、接近することができないなど)に2~3回くるっと回ることが多かったそうです。別に毎日おこなうわけではないし、飼い主さんは特に気にすることもなく生活していました。しかし、この子には来客に対して、過剰に吠えてしまうという問題がありました。来客時の様子は耳をぺったりとつけ、体を低くし、尻尾をさげながら吠えるという恐怖の反応を示していました。そんなある日のこと、1匹で留守番をしている時に事件はおきました。いつもこの子は留守番をする時にケージの中に入って待っているのです。そこへ、台所の修繕業者が入ってきました。飼い主さんは仕事の都合上同席することができず、管理人さんの立会いの下で、修理をすることになっていたのです。その子はケージの中でパニックになったように吠え続け、またケージの中で激しく回り時には唸り声を上げながら尻尾を追いかけていました。この様子は管理人さんが見ていたそうです。そして、工事が終わってしばらく経ってから飼い主さんが戻ってみると、ケージの中には口と尻尾から血を流しているワンちゃんがいました。飼い主さんは非常に驚いて、すぐ動物病院に行きました。診断の結果、口からの出血は尻尾からの血液が付着したものだったとわかりましたが、尻尾の傷は深く、縫わないといけないくらいだったということです。幸い尻尾の骨には影響はありませんでした。これ以上尻尾をかじらないようにエリザベスカラーをつけて生活することになってしまったのです。それからというもの、自分の尻尾をあたかも敵であるかのように攻撃するように、はげしく唸りながら尻尾を追いかけるようになりました。しかもこれが毎日で、1日に何度もおこなっていたのです。

次回から、治療計画などを説明していきます。


前回から、強迫性障害の具体的な例をあげて説明しています。今回もその続きを説明していきます。

自分の唸りながら尻尾を追いかけてぐるぐるまわり、尻尾に届いてしまえば、血が出るほど攻撃するようになった、柴犬のワンチャンは病院からエリザベスカラーを首につけるように言われました。そして、尻尾をかじることは、物理的にできなくなったのですが、まだ自分の尻尾を気にしてうなって攻撃するような行動は、依然としておこなっていました。飼い主さんはそんな自分のワンちゃんを見るのがつらくなって、当院に来院されました。お話をしていくとこのワンちゃんは人に対して、恐怖の反応をしていたことがわかりました。特に自分のうちにくる人に対しては、警戒してその人が帰るまで吠え続ける子のようでした。事件のあった日は、ケージの中に入りっぱなしで、しかも知らない人が入ってきて、作業をしていたわけですから、非常に怖かったのだと予想できます。そして、以前から葛藤を感じると尻尾を追いかけるという行動をしていたワンちゃんは、怖くても逃げることができず葛藤が非常に強くなり、尻尾をおいかける行動を始め、それが次第にエスカレートして行きついには尻尾を攻撃するに至りました。この後は常に尻尾を気にしていて、あたかも尻尾を追いかけないと、落ち着かないようになりました。このような状態で、1ヶ月が過ぎていました。
このような強迫状態になっている場合、行動修正だけでは、改善が難しいことが多いので、今回も薬物療法と併用していくこととしました。前回(恐怖症)に説明した、セロトニン再吸収阻害薬を今回も使用しました。そして、行動修正を始めました。強迫性障害の治療には、規則正しい生活を送らせることが大切になります。これは次におこる事を犬が予測しやすいようにしてあげることで、葛藤を感じにくくするためと、いいことがやってくるという期待を持たせるという意味があります。これには、1日のスケジュールをある程度決めるということと、ワンちゃんに対して何かおこなう時には、必ずコマンド(オスワリ、マテ、フセ、など)をかけてからおこなうようにするという二つの決まりごとを作ることになります。こうすることで、葛藤ではなくいいことを期待させるプログラムを作っていきます。
次回は、この柴ちゃんの例で、どのくらいこれらの治療をおこなったかを書いていきます。
強迫性障害という病気には、規則正しい生活が良いと前回お話しましたが、そうでないワンちゃんに対しては、あまりきっちり決めない方がいいとされていますので、混乱しないようにしてください。これはあくまでも治療の一環として「規則正しい生活をする」ということです。そして、コマンドを与えていいことを期待させるという決まりも重要なことです。しかし、このような生活を送らせてあげていても、強迫行為がおこなわれることはあります。そのような時にはいったいどうしたらよいのでしょうか。この場合、声をかけたり、体に触ったりという行為で止めることはしない方がいいでしょう。と、いうのも強迫行為を強化してしまう可能性があるからです。声をかけられたり、体に触ってもらうというご褒美がもらえることとなり、結果として、その行動が強くなります。実際には、「気をそらす」というのが、一番有効だと思います。これらの行動が認められた時に、ワンちゃんとは全く違う方向を向いて、大声で、「お父さん!」とか、「あれっ」などと叫ぶということや、窓をガラっと開けたり、タンスの扉を勢いよく閉めて音を立てたりといったことをやって、強迫行為を止めてください。その後、何気なく呼んで、コマンドをかけてからフードを与えてください。
このプログラムを、尻尾をおいかけていた柴ちゃんはまず、2週間おこなってもらいました。もちろん薬物療法も一緒に。2週間後のワンちゃんの様子は、ひとまず安定しているように見えました。おうちの中でも規則正しい生活のため、尻尾を振り返る行動も少し少なくなってきたようでした。でも、一度尻尾を見ると、激しく攻撃しようとすることもあったそうです。
基本的なこのプログラムと薬物療法を4週間おこなって、ある程度、強迫行為をコントロールできるようになってきたところで、他の人に対する恐怖心をとっていくプログラムを始めることになりました。それはまた次回にお話します。
強迫性障害のお話を続けましょう。

 薬物療法と行動修正を4週間おこなった柴のワンちゃんは散歩中に人と会わなかったり、自宅に他のお客さんが来なければ、とりあえず落ち着いて生活ができるようになりました。つまり、執拗に尻尾を追いかける行動は行わなくなっていたのです。ここで少しずつ「人」に対する恐怖心をとっていくトレーニングをおこなっていきました。この方法は、恐怖症のところでもお話した「系統的脱感作」という方法をとっていきます。この方法についての詳細な説明は「恐怖症のお話」にまとまっていますので、そちらを参考にしてみてください。この子にとって一番怖いのは家の中に入ってくる他人なので、慣れていかせるためには家の外で他の人を怖がらないことから始めることにしました。このトレーニングを始める以前に行動修正として、お外でも「オスワリ」」「マテ」や「フセ」などのコマンドを出してからフードを与える練習をしてもらっていました。まずは、人通りの少ないところから始めていきます。人が遠くに見えたら「オスワリ」をかけます。そして、遠くに人の姿を確認しながらうまく座ることができたら、食べ物を与えて人を避けるようにすぐに違う道に入ってもらいます。初めから待たせることはせずに、人を確認したら座って食べ物をもらって、人を避けるようにしていきます。これを2週間続けておこなってもらい、その後、少しずつ「マテ」をかけて人が近づいて来ることに慣れてもらうようにしていきます。こうすることで、人が通り過ぎても「マテ」がうまくできるようになっていきいます。今回の柴ちゃんの場合、このトレーニングは4週間程度おこないました。その後、人通りの多いところでも同様に行い、人に対して警戒しないようになっていきました。この時点で、薬物療法と行動修正をおこなって10週間が経っていました。そしてここからいよいよもっとも苦手な自分の家に他の人が来ることに対してのトレーニングがはじまります。これについては、次回にお話します。
強迫性障害のお話の続きです。
自分の尻尾を血が出るほど攻撃するようになってしまった柴ちゃんは、他の人が家に来なければ、とりあえず尻尾に攻撃するようなことはなくなりました。そして、お散歩のときでも、他の人に対してだいぶ緊張しないで接することができるようになってきました。
ここから、自分の家にやってくる他人に対してのトレーニングを始めることとなりました。まず、この柴ちゃんの知っている親戚の女性の方から始めました。というのもこの柴ちゃんは特に男の人が苦手で、男性に対しては非常に攻撃的になっていたということが解っていたからです。まず、このお客さんが来る前にあらかじめ連絡をもらっておきます。そして、お腹をすかしておくために朝の食事はかなり少なめにしてもらっておきました。お客さんが入ってくる時には、他の部屋に柴ちゃんをおいて、見えないようにしておきます。そして、お客さんが席について落ち着いたところで、引き綱をつけて柴ちゃんを連れて来るようにします。このときお客さんは絶対に柴ちゃんの方を向いたり、声をかけたりすることはしてもらわないように注意します。お客さんのやや近くまで連れてきたところで、飼い主さんから「オスワリ」のコマンドをかけてもらいます。うまくできたらご褒美を与えます。このコマンドとご褒美を繰り返してその日の最後には、お客さんから、ご褒美を柴ちゃんの側に投げてもらいます。このときにも声をかけたり、顔をむけたりしないようにしてもらいます。これを何日か続けることで、そのお客さんには慣れることができ、そのお客さんから、ご褒美をもらえるようになっていきました。これができたら、次に、あまり会った事の無い女性の方に来てもらい、同様のことを繰り返します。その次には親戚の男性の人、最期は会った事の無い男性というふうに順番に慣れる事をおこなっていきました。お客さんが来ることと自分にとって怖いことが結びつかないようになってくると柴ちゃんはさらに尻尾を追いかける行動が少なくなっていきました。この来客にたいするトレーニングを終えるまでには、約2ヶ月程度かかりました。このトレーニングの間ももちろん薬物療法は続けていました。
次回はこの柴ちゃんの最終報告と。他の強迫性障害のお話です。
強迫性障害のお話を続けましょう。
自分の尻尾を激しく攻撃するようになった、柴ちゃんは薬物療法と行動修正を組み合わせて治療をおこなった結果、治療を開始して約半年でほとんど元の生活に戻っていきました。しかし、その後もたまに尻尾を追いかける行動はおこなっています。ですが生活にはほとんど支障のない程度なので、これはこのまま強化をしないようにしていくだけで、終了することとしました。
今回のケースでは、この激しい尻尾への攻撃が始まってから1ヶ月経過して治療がスタートしています。比較的早くから始められたことが、約半年という期間でほぼ正常な行動に戻ったことの原因の一つと考えられます。強迫性障害の治療は、早く始められれば、始められるほどよいとされています。それは、その行動自体が強化される期間が短いということに他なりません。つまり、強迫性障害の治療に不可欠なのは、「その行動を強化しない」ということなのです。今回のように尻尾を追いかけるということの他に、四肢を執拗になめて赤くなったり潰瘍ができたりする行動や、存在していないハエをつかまえようとする行動、自分の背中を気にして振り返って確認し続ける行動なども強迫性障害の一つだと考えられています。これらの行動が認められたら、まず最初は必ず動物病院に行って、体の異常が無いかどうか確かめることをおこなってください。これで、異常が認められなければ精神的なものと判断して良いと思います。ただ、この行動があるからといって、すべて強迫性障害とは言えないということも、理解していただきたいと思います。この行動が認められたときに、声をかけたり、しかったり、おやつで気をひいたりといったことをおこなわない、ということが大切です。。これらのことをおこなうとその行動が強化されるおそれがあるからです。たとえ、しかる言葉であってもその子にとってみれば自分に注目がくることになったり、おやつがもらえることと結びついたりしていくからです。では、どのようにするのがよいのでしょうか。これは、今回のケースにも登場しましたが、まず全く関係のない音や声を出します。例えば、窓をガラっと勢いよく開けるとか、「お父さん!」と別な人を呼ぶ声を出すなどです。これらを行って一時的に動作が止まったら、呼んで「オスワリ」などのコマンドをかけてご褒美を与えてください。こうすることで強化されることは少なくなっていきます。このようなことを行いながら、なるべく早く問題行動を診察している先生へ相談してみてください。強迫性障害だと診断されれば、治療が必要になります。